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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)3000号 判決

控訴人 破産者東新電機株式会社 破産管財人 後藤英三

被控訴人 金子良 外一名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人金子良は控訴人に対し

原判決添付目録記載の建物について東京法務局芝出張所昭和三十三年三月二十九日受付第三、六三三号でしてある賃借権設定登記の抹消登記手続

前記建物の明渡及び昭和三十四年三月二十一日から右明渡の済むまで一カ月金五万円の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人新興電機工業株式会社は控訴人に対し前記建物のうち三階西側の一室約十三坪五合及び二階西側の一室約十九坪五合(別紙図面中斜線を引いた部分)を除いた部分の明渡をせよ。

被控訴人共和精器株式会社は控訴人に対し前記三階の一室の明渡をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする。

この判決は第一項及び第二項中登記手続を命ずる部分を除き仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一ないし第五項と同趣旨(控訴人提出の昭和三十五年三月十一日付控訴の趣旨訂正申立書の控訴の趣旨第五項に「三階の西側の一室約十二、八坪」とあるのは「三階の西側の一室約十三坪五合」の誤記である)の判決及び同第六項と同趣旨の仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「控訴人の控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証は

控訴代理人において、別紙控訴人提出の昭和三十五年三月十一日付及び同年六月二十四日付各準備書面の写記載のとおりに述べ(従つて、本件賃貸借契約成立の日についての控訴人の主張は昭和三十三年三月二十九日という主張に改められたことになる)、さらに、昭和三十五年四月八日の本件口頭弁論でその主張の否認権を行使し、甲第九号証の一、二、第十号証、第十一号証の一ないし三を提出し、当審における証人新井晋八郎の証言を援用し、乙第一、二号証の成立は認めるがその他の乙号証の成立は知らない、と述べ、

被控訴代理人において、乙第一ないし第三号証、第四号証の一、二を提出し、当審における証人山田吉太郎の証言及び被控訴人新興電機工業株式会社代表者高原忠男尋問の結果を援用し、甲第九号証の一、二の成立は知らないが、同第十号証、第十一号証の一ないし三の成立は認める、と述べ、

たほか、原判決の事実摘示(但し、原判決二枚目表末行に「右同日」とあるのは「同年同月二十九日」の誤記と認められるのでそのとおり訂正する。)と同じであるから、これを引用する。

理由

訴外東新電機株式会社が昭和三十四年一月二十一日東京地方裁判所で破産の宣告を受け、同時に控訴人がその破産管財人に選任されたこと、本件建物が同会社の所有であつて、同会社が昭和三十三年三月中(日については後に認定する)これを被控訴人金子に対し期間同月一日から三カ年、賃料一カ月五万円の約定で賃貸し、同被控訴人のために東京法務局芝出張所同年同月二十九日受付第三、六三三号で賃借権設定の登記を受けたこと及び右金子を除く被控訴人らがそれぞれ控訴人主張の建物部分を右金子から転借占有していることは当事者間に争がない。

控訴人の主たる請求の原因について

控訴人は本件賃貸借契約は破産法第五十九条第一項により控訴人において解除しうるものであると主張する。右破産法の規定が破産宣告当時双務契約における当事者双方の債務がいまだともに履行を完了していない場合に関する原則規定であることは控訴人の所論のとおりである。ところで、賃借人が破産した場合については民法に特別の規定があるが、賃貸人が破産した場合については法文上何ら特別の規定がないから、後者について前記破産法の規定の適用があるとするのは、もとより一つの見解たるを失わないであろう。しかしながら、この見解に従わんか、賃借人としては、破産管財人において契約の解除を選択すれば、直に目的物の使用収益権を失い、目的物が宅地や建物である場合には居住権をも失うことになり、賃借人自身が破産した場合よりも却つて不利益な取扱を受ける(賃借人破産の場合には、賃借人は民法第六百二十一条、第六百十七条により一定期間中賃借権を失うことはない)という不合理な結果を生ずるのであり、そして、このことは借地法や借家法などに現われている賃借人保護の精神をも没却することになるべきであるが、このようなことが果して許さるべきであろうか。これを許すべき合理的理由を発見することが困難である以上、民法が賃借人破産の場合について規定しながら、賃貸人破産の場合について何らの規定を設けていないこと自体が一つの特別規定をなすものであり、従つて、前記破産法の規定は賃貸借契約についてはその適用がないものと解するのが相当である。

従つて、本件賃貸借契約について前記破産法の規定の適用があることを前提とする控訴人の主たる請求原因は、進んで他の判断を加えるまでもなく、何ら理由のないものといわなければならない。

控訴人の予備的請求の原因について、

控訴人は、破産会社は昭和三十三年二月二十八日支払を停止したものであるが、本件賃貸借契約はその後の同年三月二十九日になされたものであつて、被控訴人金子は当時この支払停止の事実を知つていたから、これを否認すると主張し、当審における証人新井晋八郎の証言、被控訴人新興電機工業株式会社代表者高原忠男尋問の結果の一部竝びに右新井の証言によつて真正に成立したことが認められる甲第九号証の一、二及び成立に争のない同第十一号証の一ないし三を総合すると、破産会社は昭和三十一年頃から営業不振に陥り漸次金融梗塞し、昭和三十三年二月二十八日その振出に係る約束手形を不渡として支払を停止したこと及び破産会社については同年三月二十七日債権者集会が開かれ、被控訴人金子も債権者の一員としてつとに右支払停止の事実を知つていたものであるが、本件賃貸借契約はその後同月二十九日になされたものである(成立に争のない乙第一、二号証には破産会社は本件建物の賃貸借について昭和三十三年三月一日に敷金を領収した旨の記載があるが、右乙号証は何れも同月二十九日に日付を遡記して作成されたものである。)ことが認められ、これが反証はないが、建物に対する賃借権の設定が当該建物の取引価格を著しく減損するものであつて、破産法第七十二条第二号にいわゆる破産債権者を害する行為に該当することは論を待たないところであるから、控訴人が昭和三十五年四月八日の本件口頭弁論で同契約を否認したのは相当といわなければならない。

被控訴人らは、本件建物については多数の別除権者があり(その債権総額は約千四百万円)被控訴人らが本件建物を明け渡し空家として換価しても、その額は別除権者の債権額にも及ばない。のみならず、被控訴人金子及び新興電機工業株式会社は控訴人に対し、本件建物の換価が必要ならばこれを適正価格で買い度いということをそれぞれ申し入れているのであつて、本件建物を換価するには必ずしもこれが賃貸借契約を否認する必要はない。本件賃貸借契約が否認されることになれば、被控訴人らは甚大な損害を受けるのであるが、以上のような事実関係の下で本件賃貸借契約を否認するのは否認権の濫用として許さるべきではない。と主張するけれども、本件建物の空家としての価格が別除権者の債権額にも不足するものであること及び前記被控訴人両名が本件建物を空家としての適正価格で買い取る資力を有し、控訴人に対しその買取方を申し出ていることを確認するに足りる証拠はない(被控訴人新興電機工業株式会社の代表者高原忠男は原審におけるその尋問で、同人は昭和三十三年暮控訴人に対し本件建物の価格の鑑定があつたら相談して貰い度いと申し入れておいたと供述しているが、このような申出が本文の買取申入と同視すべくもないことは論を待たないところであろう。)から、被控訴人らの右主張はその前提事実を欠きこれを採用することができない。

そうすると、被控訴人金子は、本件賃貸借契約が前認定の否認により破産財団との関係でその効力を失い、財団が同契約のあつた以前の状態に復帰した結果として、控訴人に対し本件賃借権設定の登記を抹消し、本件建物を明け渡すほか、同被控訴人が本件建物の占有によつてえている利益すなわちこれが相当賃料に該当する金員を支払う義務を負い、また、被控訴人金子の本件建物に対する賃借権を前提としてその各一部をそれぞれ占有している同被控訴人を除く被控訴人らはその各占有部分を無権限で占有しているものとしてこれをそれぞれ控訴人に明け渡す義務を有していることが明瞭であるが、被控訴人金子が本件賃貸借契約に基き昭和三十三年三月二十九日から本件建物の占有を始めたこと及び本件建物の相当賃料が一カ月五万円であることは、同被控訴人の明らかに争わないところであつて、その自白があつたものとみなされるから、被控訴人金子に対し右登記抹消、建物明渡及び同被控訴人が本件賃貸借契約に基いて本件建物の占有を始めた後の昭和三十四年三月二十一日から右明渡の済むまで一カ月五万円の割合による金員の支払を求めるとともに、その他の被控訴人らに対し本件建物中その各占有部分の明渡を求める控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

以上と所見を異にし控訴人の請求を棄却した原判決は不当であつて本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十三条第一項但書、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牛山要 田中盈 土井王明)

東新電機株式会社 図〈省略〉

控訴人提出の昭和三十五年三月十一日付準備書面の写

右当事者間の家屋明渡等請求控訴事件について、控訴の理由は次のとおりである。

第一点原判決は、本件家屋について、控訴人のなした破産法第五十九条第一項前段の規定に基く、賃貸借契約解除の意思表示はその効なきものと判示するが、その解釈に誤りがあり不当である。(控訴人の事実上の主張並びに証拠関係は、原審と同一であるから、ここにこれを援用する。)

一、賃貸人が破産の宣告を受けた場合にその宣告前に締結された賃貸借契約につき、破産法第五十九条の適用があるか否かについては、原判決の判示の如く説の分れるところであるが、原判決はこの点を誤つて解釈したものである。即ち破産法第五十九条は単に、破産宣告前の未解決の双務契約の処置を規定したのみで、特に賃貸人破産の場合を除外する旨の規定がなく、却つて同法第六十三条は、借賃の前払又は借賃債権の処分について破産債権者に対抗し得る処の限度を定めており、又賃借人が破産宣告を受けた場合には、民法第六百二十一条に特別の規定が置かれているもの故賃貸人破産の場合には破産法第五十九条の規定に従うべきであつて、同条はあく迄も原則的規定なのである。

従つて破産と言う特別事情下においては、破産者を中心とするその当事者間の法律関係は専ら破産法により規律されるものであつて、破産管財人は、その職責に基づいて、双務契約当事者双方の公平を保護すると同時に破産手続の迅速なる解決を目的とする以上、賃貸人が破産した場合に、その建物の賃貸借契約について破産管財人が破産法第五十九条第一項によつて契約解除を選択しその意思表示をした場合には借家法の制約を受けることなく、賃貸借契約は解除されるべきである。

二、破産手続は配当手続のみならず、破産者の破産終結後における再起、破産債権者の平等な利益の為に強制和議手続によつても終了することは破産法上明らかである。

この点を考慮すれば原判決の「破産財団が不当に拡張され破産債権者が不当に利得することになる」と判示することは、これも亦何等理由とするに足りない。

第二点仮に右の解釈が当を得ないとすれば、右賃貸借契約は破産会社が破産債権者を害することを知つてなした行為であるから、控訴人は当審において、破産法第七十二条に基き右賃貸借契約を否認するため、つぎのとおり予備的に申立てる。

一、破産会社は債権者日本舶用電機株式会社外九十余社に対し多額の債務を負担し、資金欠乏・金融梗塞の結果、昭和三十三年二月二十八日支払停止の状態に陥つた。

二、その結果、同年三月二十七日債権者集会が開かれ、本件家屋を売却することによつて総債権者の損害を最小限に止めようとの案が提出されるや、破産会社代表者新井晋八郎は被控訴会社代表者高原忠男と相談の結果、債権者等を害することを知り乍ら、本件家屋の売却を阻止すべく、同月二十九日被控訴人金子良名義にて賃貸借契約を締結し、右債権者集会以前に契約を締結したものの如く、「昭和三十三年三月二十九日受付第三、六三三号原因昭和同年同月一日賃貸借契約」なる旨の虚偽の登記手続をなし、被控訴人等が本件家屋を占有するに至つた。

三、右の如く、本件家屋の賃貸借契約は、破産法第七十二条第一号および第二号に該当する行為であるから、原告は本状においてこの行為を否認し、それぞれその占有の権限を失つた被控訴人等に請求の趣旨記載の如き判決を求める。

控訴人提出の昭和三十五年六月二十四日付準備書面の写

右当事者間の家屋明渡等請求控訴事件について、昭和三十五年三月十一日付控訴理由第二点第三項をつぎのとおり、補充訂正する。

三、右の如く破産者並びに被控訴人金子良は支払停止の事実を知り且つ破産債権者を害することを知りながらなした本件家屋の賃貸借契約は、破産法第七十二条第一号および第二号に該当する行為であるから、控訴人は本状においてこの行為を否認し、それぞれその占有の権限を失つた被控訴人等に控訴の趣旨記載の如き判決を求める。

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